京都大学工学部情報学科3回生の田中風帆です。この度米国にて開催された国際学会で研究成果を発表して参りましたのでその報告をここに記します。一介の学部生を全面的に支援してくださった理学部MACSプログラムの方々、フルリモートという好条件とは言えない環境下で私の研究を指導してくださった理化学研究所の方々にこの場を借りて深く御礼申し上げます。

1. 序章

さて、私にとっては初の海外渡航、そして初の学会発表です。超長時間のフライト、入国審査、そしてネットで検索すればするほど明らかになる学会という環境の特殊さ。。行きの飛行機では海外で起こりうる様々なトラブルに気を揉みながら、そして「素人質問で恐縮なのですが…」という枕詞の存在に精神を蝕まれながら、ぶつぶつとポスター発表の原稿を暗唱していました。機内ではポスターの筒を持った人同士の「あなたも学会に参加するのか?研究内容は何だ?」というテンプレから始まる議論がそこかしこで繰り広げられていました (残念ながら私の周りに参加者らしき人物はいませんでしたが…)。

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初めての機内食.緊張で何の味もしなかったが思い出す限り美味しかったと思う.

 

3本の飛行機の乗り継ぎを要した実に丸一日のフライトの後、私はついに学会開催地、ニューオーリンズに降り立ちました。ついに来た!そこで私が目にしたものは、まずポスターの筒を持った学会参加者たちの群れ。そして、カオスなまでに混み合った、タクシー乗り場らしきもの。。 というのも、全てのタクシーが自家用車なのです。米国ではUberという配車サービスをタクシーがわりに使うらしいですね。ああ本当にアメリカに来たんだなあと少々感慨深く思いながら私たちも車を手配しホテルへと向かいました。15時間の時差があったものの、元々昼夜逆転生活を送っていたため夜は快適に眠ることができました。翌日は早朝に起床し、ベッドの上にポスターを広げ発表の最終確認をした後、徒歩で学会会場に向かいました。所々危険な香りのする道はあったものの、基本的には穏やかな気候の良い町だなあという印象でした。路面電車もかわいい。

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奥に見えるものも含めて全部配車.

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路面電車.クリスマスバージョン?

 
 

2. ML4H

私が発表したのはMachine Learning for Health、略してML4Hと呼ばれる学会です。名前の通り、機械学習やAIを使って医学や医療分野の発展を目指すコミュニティですね。この分野は日本人の存在感が非常に薄く、現に今回も私が日本人唯一の論文採択者でした。まずいと思う。 さて、私の初めての学会は分野のクイーンである大物教授のトークから始まりました。彼女のラボは年に何本もトップカンファに論文を通しており、当然私も名前は知っていました。どんな話が聞けるのかとワクワクしていたのですが、トークの開始1分で気がつきました。「聞き取れない」。スライドを見れば何となく言いたいことはわかった気になるけれど、時間が経つにつれ曖昧に情報が補間され、私の脳内で最終的に言語化されたものが持つ情報量はほぼ0になっていました。TOEFL英語と一日20分そこそこの英会話で満足していたツケが回ってきたようです。。もったいない。。あとで同行の研究者の方に内容を確認したところ、医療AIの「説明可能性」(なぜAIがその画像を癌だと診断したのか、などを人間がわかるように説明すること) の発展性と脆弱性について論じていたらしいです。 その後はいよいよポスターセッションです。私の研究内容は、HLA遺伝子という遺伝子の型をTransformerと呼ばれるAIモデルで予測するというものです。HLA遺伝子はさまざまな疾患と関係があることがわかっているため、その遺伝子型を知ることは医学上とても重要なんですね。今まではCNNという比較的シンプルなモデルが最高精度を出していたのですが、今回私たちの開発したモデルはそれを上回りました。ちなみに提案手法の名前はHLARIMNT (HLA Reliable IMputatioN by Transformer)です。ヒラリマントと読みます。

開始時刻前のコーヒーブレイクの時間に発表の準備をします。すると何ということでしょう。ポスターをボードに貼った瞬間に、コーヒーを飲んで思い思いにくつろいでいたはずの参加者がどこからともなく現れて私のポスターを見上げているではありませんか。そして、コーヒー片手に「あなたファーストオーサー?内容説明して?」と。どうやら彼ら彼女らにとって人の研究内容を聞くことは娯楽の一部のようです。

結果、伝えたいことは伝えられたと思いますし、質問にもしっかり答えられたと思います。ちなみに事前に暗記した原稿はほぼ役に立ちませんでした。AIをバックグラウンドにしている人には生物の前提知識を詳しく説明し、逆に医学系の人にはモデルの構造を詳しく話すなど、いわゆるオーダーメイドの形式で議論が進んだためです。彼らとのディスカッションを通して、自分の研究のポテンシャル、改善点など多くの事柄に気づくことができました。また、似たような研究をされているPhD学生の方に興味を持っていただき、一対一でお話することもできました。ちなみにこの方とは後述のNeurIPSでも偶然お会いし (しかも二回も)、さらに長話をしました。米国PhD、想像以上に面白そうです。行きたい。

無事発表を終えた後、近くにいた参加者数人と夕食を食べに行きました。ずっと各自の研究内容の話をしていました。学会に参加する時は自分も何か発表する成果を持って行った方が絶対に楽しめますね。

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学会会場

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ポスターと私. 頑張りました.

 
 

3. NeurIPS

NeurIPSはAI分野の超トップカンファです。ML4Hが元々NeurIPSのワークショップの一つだった関係で、私も今回NeurIPSに参加させていただきました。

ホテルから20数分歩いた後、無駄に長いコンベンションセンターの廊下を延々と歩き続け (全長1キロあるらしいです)、ヘロヘロの状態になりつつ会場入り。おまけに基準時間を間違えていて、二時間以上早く着いてしまいました。他にも多数の犠牲者がおり、「あなたも時間を間違えたのか?ところであなたの研究内容は何だ?」と相変わらずの会話が繰り広げられていました。定刻からは超巨大なホールで教授のトークを聞きました。相変わらず聞き取れませんでしたが、字幕がついていたので何とか概要を掴むことはできました (あまり自信はありませんが...)。精度の高いAIをアシスタントにした場合の人間の医師の診断精度は極めて高いが、精度の低いAIをアシスタントにした場合はAIが無い方が精度がマシであるとのこと。いくら専門家とはいえ、AIがもっともらしい説明をつけて堂々と間違った診断を主張してくると自信が揺らぐのでしょうか。面白い。

ただ、私としては全体的にトークよりもポスターセッションの方が気に入りました。研究内容がバリエーションに富んでいるので飽きないですし、研究の注目度が人だかりの大きさで可視化されるので私のような初心者が勉強の方針を立てるための参考になるからです。workshopなどでもテーマごとの部屋の混み具合でホットなトピックがよくわかります。医学情報学分野だと心電図などの時系列データを扱うのがAI系研究者にとっての流行りらしく大変混雑していたのに対し、画像診断などのイメージング領域は閑散としていました。医療現場ではいまだにAIは人間の診断精度を越えられていない上、人間の診断自体も見落としだらけであるためイメージング技術の需要は大いにあるはずなのですが、AI分野の人にとってはもうあまり面白い要素が残されていないとのご見解もありました。この医療従事者とAI研究者の認識 (興味?)の食い違いは、医療現場で活躍できるAIを開発する上でのボトルネックの一つになっているように思います。両分野に明るく、今どちらの分野で何がどこまでできて、何をどう発展させるべきなのかを認識、考察できるバイリンガルな研究者の必要性をひしひしと感じました。

ちなみに私の現在の知識と英語力 (と身長)だと、人のたかったポスターをさっと読み何をやっているのかを理解するというのはほぼ不可能でした。よって、注目度の高そうなポスターと医学データを扱った研究を中心にタイトルの写真を撮り、会場の端で論文を検索してdeeplにアブストを突っ込むというのを繰り返していました。また、素晴らしいポスターや発表が多くあった一方、結構な割合で明らかに「やる気のない」ポスターがあった (=採択されることがゴール)のも、トップカンファならではの現象なのかもしれないと思います。流石にA4一枚だけボードに貼って説明すら放棄しているのはいかがなものかと思いましたが...

AI分野の世界の頭脳が集結しているだけあって、正直ここで適切に文章に落とし込むことはできないほど多くのものを感じとることができました。まだ読めていない論文が大量に残っているので少しずつ消化しましょう。

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トークの会場.1万人以上参加していた.

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ポスターセッション. Google,Meta,DeepMindなどのポスターは人だかりの大きさが違う.

 
 

4. 総括

非常に濃密な一週間でした。先述した通り、得られた情報の量が多すぎるため、私の中で咀嚼しきれていない状態です。ただ、これから先も彼ら彼女らと交流できればきっと楽しいだろうなと思います。

私は学部三回生です。そしておそらく「若さ」には私が想像している以上の価値があるのだと思います。だからこそ、立派な研究者である彼ら彼女らは、明らかに他と比べて英語力も議論力も乏しい私を快く受け入れてくれたのでしょう。けれどこれからも彼ら彼女らと交流するためには、私もそれに見合うだけの力を付けなければいけません。高い山をただ高いとしか認識できないように、彼ら彼女らはただ凄かった。今の私にはまだ無理ですが、いずれ私も彼ら彼女らに並ぶような研究ができるように研鑽を続けようと思います。

 


5. おまけ

昼休みを利用してフレンチクオーターを観光してきました。大聖堂、路上のジャズ演奏など見どころ沢山の楽しい場所でした。最終日にはマクロン大統領も訪問されていたようです。

また、指導教官の奢りで初日の昼にアメリカンサイズのハンバーガーを、最終日の夜にアメリカンサイズのステーキをいただきました (ご馳走様でした)。それら以外の食事はリンゴの丸齧りで適当に済ませていました。意外と美味しいですね。

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どことなく四条河原町感の漂うフレンチクオーター

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皮ごとかぶりつきました.剥いた方が美味しいと思います.